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   <title>注文住宅紹介ブログ☆</title>
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   <subtitle>注文住宅ってどんなもの？</subtitle>
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   <title>注文住宅の役割</title>
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   <published>2011-09-20T08:52:58Z</published>
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20年間以上で、100万戸近い住宅建設をした公団はまた世界一の「大家さん」でもあります。


家賃、コミュニティ管理、メンテナンス、環境整備などの団地管理システムのノウハウの蓄績は良くも悪くもわたしたち日本人の大きな財産であるともいえます。


町の生活イメージ、都市の生活イメージをもたない都市流入者は団地という実験装置におけるモルモットとして生活の仕方・・・


そして、コミュニティ活動のしかたの教育をはじめて受けたともいえます。


今後は特殊部落としての団地自治会の枠をこえた地域社会に根ざした団地管理、住宅地経営をすすめていくために・・・


たとえば「コミュニティ機関の育成」などソフトなシステムの開発が大きな役割となってくるでしょう。


また増築、連結、用途変更等の時間の経過にともなう技術およびルールの確立も必要となってくるでしょう。


<a href="http://www.asentia.co.jp/" target="_blank">注文住宅</a>と、公団の果した社会的役割は工業化技術開発の面でも大きな足跡を残してきました。


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   <title>「団地」から「都市型住宅」へ</title>
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   <published>2011-09-03T08:52:09Z</published>
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「可変型住宅」と称して、内装の部品化をてこに、ライフステージに応じたプランの変更・・・


または選択が可能になるような方式の検討もすすめられています。


また一方で公団離れを防ぐために、「接地型住宅」と称して、タウンハウス、低層集合住宅の供給にも意欲をしめし・・・


今後の公団のあるべき姿・・・


<a href="http://www.asentia.co.jp/" target="_blank">注文住宅　渋谷区</a>など、今後の都市型住宅のあるべき姿の追求が行なわれはじめています。


「団地」から「都市型住宅」への転換は、本格的都市化社会における公共住宅建設の役割のありかたとして、おおいに議論されるべき問題です。


単に「量から質へ」という問題だけでなく、市街地の良質住環境整備の手法、コミュニティ形成、住宅地経営の手法開発など大きな転換期をむかえようとしています。


都市における住宅政策の基本的なコンセンサスとガイドラインを明確にした上で取組まないと大きな混乱と、未来の都市型住宅への道をふみはずすことにもなりかねません。

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   <title>多様なスタイルの注文住宅</title>
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   <published>2011-08-14T08:51:08Z</published>
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30年代の郊外団地建設は郊外スプロールの原因となり・・・


さらに、団地周地の民間分譲地の乱開発とあいまって自治体の反発をうけるようになりはじめました。


その結果、学校、下水道等の公共施設費の増大が高家賃をもたらし、より郊外へより大規模団地へと悪循環がはじまってしまいました。


40年代にはその結果、90分以上の遠隔団地に限られ、「遠・高・狭」と公団ばなれの要因になりはじめました。


また、一方で市街地面開発による高層高密高家賃住宅も多数つくられ、民間マンションブームの火付け役となりました。


公団住宅のプランの特徴は、当初の13坪2DK型から出発し、一貫して「ダイニングキッチン」による寝食分離型をめざし・・・


かつ年度別標準設計の展開の考え方をとりアパートプラン、マンションプラン、<a href="http://www.asentia.co.jp/" target="_blank">注文住宅</a>の原型をつくりあげてきました。


もっとも最近では「型系列による多様な平面計画」という形で、多様な住棟、住戸計画が可能な形へ変質しはじめています。


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   <title>&quot;団地族&quot;の新しい生活パターン</title>
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   <published>2011-08-08T08:50:04Z</published>
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      <![CDATA[
昭和30年から45年の15年間に日本の住宅は1370万戸建てられました。


そのうち公団住宅は5.3%の69万戸が都市部を中心に建設されました。


その特徴は「団地住宅」としての住宅供給手法によって行なわれました。


当初は2階建テラスハウス形式のものもつくられましたが、主流は5階建階段室型フラット形式のアパートでした。


まだまだ<a href="http://www.asentia.co.jp/" target="_blank">注文住宅　大田区</a>が少ない時代の話です。


高層住宅については32年に前川国男氏による晴海のアパート、37年赤羽台の中高層ミックス団地が建設されました。


40年になると市街地再開発事業として14階建を中心とした高層高密団地がつくられるようになりました。


30年代の郊外団地の住宅は、いわゆる2DKの賃貸住宅であり、その入居者は都市サラリーマン階層を中心とする若い核家族でした。


・・・これがいわゆる「団地族」のイメージと新しい生活パターンの母体となりました。


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   <title>戦後復興と住宅建設計画</title>
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   <published>2011-07-19T08:48:51Z</published>
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戦後、アパートの本格的再発足は昭和23年の高輪台都営アパートがはじめでした。


戦後復興と住宅建設計画は昭和26年の公営住宅法により、RC造アパート・テラスハウスなどが建設されました。


さらに昭和30年7月25日「住宅公団法」にもとついて日本住宅公団が設立され、本格的にRC造アパートの供給に取りくむこととなりました。


・・・その役割としては次の4項目が目標とされました。


1．<a href="http://www.asentia.co.jp/" target="_blank">注文住宅</a>不足の著しい地域における勤労者のための住宅建設


2．耐火性能を有する集合住宅の建設


3．大都市周辺における広域計画に基づく住宅の建設


4．大規模な宅地開発


・・・次回から、「日本住宅公団20年史」を参考にしながら公団住宅が集合住宅供給、団地づくりに果した役割についてトレースしてみましょう。

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   <title>急速な住宅供給は何をもたらしたか？</title>
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   <published>2011-07-01T08:47:28Z</published>
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   <summary> 急速な公庫住宅の一般化、低金利と郊外戸建指向と業者による郊外住宅地の乱開発とが...</summary>
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急速な公庫住宅の一般化、低金利と郊外戸建指向と業者による郊外住宅地の乱開発とが一体となり・・・


昭和48年ごろをピークとして急速に増大することとなりました。


また急速な住宅供給はプレハブ住宅供給にインパクトを与え、10%のシェアを与えることとなりました。


一方では都市環境悪化、都市設備の整備のおくれ、地価の高騰をもたらし・・・


今日の土地不足とミニ開発の原因を構成することとなりました。


・・・以上みてきたように、公庫住宅は庶民住宅の活性化と社会経済政策という側面を強くしながら、持家住宅一本やりという無策の住宅政策の中で・・・


「都市型住宅」ならびに「住環境整備」という2つの大きな問題にはふれずじまいで1つの限界をみせはじめています。


さて、目を集合住宅の供給面に向けてみましょう。


戦前に同潤会によっていくつか試みられましたが、民間では一部を除いて、今でいう木賃アパートの形態でしか成立しえなかったのです。


まだ<a href="http://www.asentia.co.jp/" target="_blank">注文住宅　目黒区</a>などが少なかった時代の話です。

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   <title>昭和40年代の住宅事情！</title>
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   <published>2011-06-24T08:46:06Z</published>
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注目すべきことは洋風プランの中のいくつかでは、寝室が洋間で「夫婦寝室」、「子供室」のように個室名が明記されています。


・・・ようやく個室の自立と、核家族化のイメージが一部で成立しはじめてきたことを物語っています。


これは<a href="http://www.asentia.co.jp/" target="_blank">注文住宅</a>の増えた現代では当たり前のようなことですが、当時としてはまだまだめずらしいことだったのです。


もうひとつ面白いのは、メートル法改正の直後であり・・・


「尺間」での寸法をさけて、90cm、96cm、100cmの3種類を3尺に対応する平面基準寸法として取りあげ設計してあり、当時の大工さんたちの困った顔付が想像されます。


住宅プランの面積は30㎡以上から90㎡以上の7段階に分けられており、最大のものでも98.01㎡でした。


今日の公庫住宅の上限が120㎡であり、しかもかなりの部分が上限一杯になりはじめていることを考えると・・・


いまさらながら、40年代における広さと質の向上のスピードがうかがわれます。

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   <title>世田谷の注文住宅は・・・</title>
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   <published>2011-06-19T08:44:25Z</published>
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昭和41年版の「メートル法による住宅平面図集」(新建築社)によれば、居住型式について次のように述べられています。


「戦前においても洋風の応接間を1室つくったいわゆる和洋折衷式と呼ばれる住宅が建てられていましたが、最近における和洋折衷式の住宅は、家族の団らんの場である居間を洋間としたもの"Lタイプ"・・・


あるいは台所を広くとって食事のできるようにしたダイニング・キッチン型式"DKタイプ"。


または洋室である居間を広くとり、その中に台所を設け、食事もできるようにしたリビングキッチン型"LKタイプ"のように、いす式を家庭生活に広くとり入れて洋風化したものが多くなりました」


・・・と述べられています。


もちろん古くからの南面2、3室和室の中廊下型プランも3割位は残されており、農村地方都市では和風、都市郊外住宅は洋風という図式が成立しはじめています。


また2階建ならびに総2階建の住宅プランが25%位を占め、土地が都市部ではかなり狭くなりはじめていたことがわかります。


・・・また外観をみると屋根材料にはカラー鉄板瓦棒のものがふえはじめ、外壁材料は縦ばりの下見板、また一部にはモルタルリシンのものものせられています。


最近人気のある<a href="http://www.asentia.co.jp/" target="_blank">注文住宅　世田谷区</a>なども、こういったものが多いですよね。

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   <title>注文住宅の人気で・・・</title>
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   <published>2011-06-12T08:43:10Z</published>
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   <summary> 子供室とか主寝室とかの区分がないので、寝食分離も完全には行なわれず・・・ まし...</summary>
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子供室とか主寝室とかの区分がないので、寝食分離も完全には行なわれず・・・


ましてや男子、女子の区分も無理だったでしょう。


コタツとアンカとカヤとハイタタキとタキギが生活必需品の時代でした。


・・・その結果、面積が広くなっても室数がふえるだけで、しかも4.5畳が幅をきかしており、押入のない部屋も多いのです。


持物そのものも最低必要限度であり、どうにかなってたのか、庭に広い物置をつくっていたかのどちらかでしょう。


・・・以上述べてきたように公庫住宅プランは一部洋式プランがまじっていたとはいえ、原則として戦前中流住宅の中廊下型平面のミニチュア版であり、玄関と廊下ばかりが目だつ結果となっています。


もちろん土地の問題、都市化の問題には気付いていないのですべて平屋建てであることも今さらながら注目されます。


その後の公庫住宅は面積の拡大、洋風化、<a href="http://www.asentia.co.jp/" target="_blank">注文住宅</a>の人気、二階建化、プレハブ住宅への適要など都市化、高度成長の波にのり大きく変わりはじめ・・・


モダンリビング、LDK方式の一般化がすすむことになります。


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   <title>はじめまして！</title>
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   <published>2011-06-04T08:41:29Z</published>
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   <summary> 今日からここでブログを始めることにしました。  このブログは、注文住宅　港区で...</summary>
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      <![CDATA[
今日からここでブログを始めることにしました。 


このブログは、<a href="http://www.asentia.co.jp/" target="_blank">注文住宅　港区</a>で暮らすわたしの生活の様子をみなさんに伝えるために始めたものです。 


どうぞよろしくお願いします！


さて最初の話題は、住宅のプランについての話です。


和風はもちろん洋風プランも原則として中廊下型であり、風呂、便所、台所は北側に押しやられています。


都市設備とくに下水が無いことが大きな平面的制約になっていることがわかります。


台所はまだキッチンセットがないこと、冷蔵庫がないことから幅の広い格子付窓と土間とアゲブタが必需品でしたし・・・


いわゆるダイニングキッチンは換気面その他でむずかしいので居間、食堂型または茶の間型にならざるをえなかったのです。


またプランの中には一部洋室だけの型も見えますが、当時のこととて、満足できるようなベットも販売していなかったでしょうから、かなり住みこなすのは無理があったでしょう。


わたしの個人的な体験でも小学生まではタタミをひいた造り付けベッドで、中学生になって駐日米軍払い下げの巨大なベットを使用して、どうにか板の間を使いこなしてきた経験があります。

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